想像しただけで身体が変わる?
人間の想像力と脳、催眠の不思議な関係
「人間の想像力には、どれくらいの限界があるのでしょうか?」
例えば、今から少しだけ、頭の中で想像してみてください。
目の前に、真っ赤なリンゴがあります。
そのリンゴを手に取ると、表面はつるつるしていて、少し冷たい感触があります。
手のひらには、リンゴの重さも感じられます。
そして、そのリンゴを口元に運び、思い切りかじってみてください。
「シャリッ」という音とともに、甘酸っぱい果汁が口の中に広がります。
どうでしょうか。
実際には、目の前にリンゴはありません。
手で触れてもいませんし、食べてもいません。
それなのに
リンゴの色や形
手触り
味まで
思い浮かべられた方もいるのではないでしょうか。
もちろん、想像の仕方には個人差があります。
頭の中に鮮明な映像が浮かぶ人もいれば
映像としては浮かばなくても、リンゴの特徴や味を思い出せる人もいます。

ここで、一つの疑問が生まれます。
実際には存在しないリンゴを
私たちはどうして頭の中で体験できるのでしょうか。
そして、もっと不思議なのは
こうした想像が、単なる頭の中の出来事で終わらないことです。
実は、想像したことによって、感情や身体の反応が変化する場合があります。
さらには、実際に身体を動かさなくても
運動をイメージすることで筋力が向上したという研究まで存在するのです。
では、人間の想像力とは、いったい何なのでしょうか。
コンピューターの「ビット」で考える、人間の想像力
コンピューターの世界には、「ビット」という言葉があります。
ビットとは、情報を表すための基本的な単位です。
例えば、1ビットでは「0」と「1」の2通りを表せます。
2ビットなら4通り、3ビットなら8通りというように
ビット数が増えるほど、表現できる組み合わせも増えていきます。
また、パソコンなどでは
「32ビット」「64ビット」という言葉を耳にすることもあります。
これらは、コンピューターの設計や情報処理の仕組みに関係するものです。
では、人間の想像力は何ビットなのでしょうか。
実は、現在の科学では、人間の想像力全体を一つのビット数で表すことはできません。
脳の情報処理や記憶については、情報量を数値化する研究もあります。
しかし、それらをそのまま人間の想像力全体の大きさとして扱うことはできないのです。
ただし、ビットという考え方を例えとして使うと
想像力の面白い特徴が見えてきます。
例えば、コンピューターゲームを考えてみましょう。
ゲームの中には、山や海、街、人間、動物など、さまざまなものが登場します。
しかし、どれほど広大なゲームでも、実際に表現できる世界は
プログラムやデータ、コンピューターの性能などによって制限されています。

一方、人間はどうでしょうか。
昨日訪れた場所を思い出すことができます。
一度も行ったことのない国を想像することもできます。
空を飛ぶ自分、海の底を歩く自分、100年後の未来
現実には存在しない生き物まで思い浮かべられます。
しかも、その世界を想像するために、実際に飛行機に乗ったり
建物を建てたりする必要はありません。
もちろん、人間の脳にも処理能力や記憶の限界があります。
想像力が文字どおり無限であると証明されているわけではありません。
それでも、私たちには、目の前に存在しないものを思い描き
過去の経験を組み合わせて新しい世界をつくり出せるという特徴があります。
そして、この能力は
空想や物語を楽しむためだけに使われているわけではありません。
「海」と聞いたとき、あなたは何を思い浮かべますか?
今度は「海」という言葉を思い浮かべてみてください。
どのような海が浮かんだでしょうか。
青い水面でしょうか。
砂浜に打ち寄せる波でしょうか。
夕日に照らされた海でしょうか。
あるいは、潮の香りや波の音
足元に触れる冷たい水の感覚まで思い出した方もいるかもしれません。
同じ「海」という言葉でも、人によって思い浮かべるものは異なります。
子どもの頃に家族と遊んだ海を思い出す人もいれば
旅行先で見た美しい景色を思い出す人もいるでしょう。
反対に、海で怖い経験をした人は、不安な気持ちになるかもしれません。

つまり、私たちは言葉を単なる文字や音として受け取っているだけではありません。
その言葉に結びついた記憶、感覚、感情なども一緒に呼び起こしているのです。
例えば、「懐かしい海の香りがするね」と言われた瞬間
昔の思い出がよみがえり、気持ちが穏やかになることがあります。
一方、「あのときの怖かった海を覚えている?」と言われれば
同じ海という言葉から、まったく違う感情が生まれるかもしれません。
このように、言葉は記憶や想像を呼び起こすきっかけになります。
そして、ここからさらに興味深いことがわかります。
頭の中で思い浮かべたことは
気持ちだけでなく、身体にも影響する場合があるのです。
レモンを想像しただけで、唾液が出るのはなぜ?
例えば、目の前に大きなレモンがあると想像してください。
鮮やかな黄色で、表面には小さな凹凸があります。
そのレモンを包丁で半分に切ると、切り口から果汁がにじみ出てきます。
そして、そのレモンを口の中に入れ、思い切りかじってみてください。
酸っぱい果汁が舌いっぱいに広がります。
どうでしょうか。
口の中に唾液が出てきたり、思わず顔をしかめたりした方はいないでしょうか。
もちろん、すべての人に同じ反応が起こるわけではありません。
しかし、実際にはレモンを食べていないのに
想像によって唾液の分泌などの身体反応が起こることがあります。
これは、私たちの脳が
過去の経験から「レモンは酸っぱい」ということを学習しているためです。
レモンを食べた経験がある人は、その記憶を手がかりに、酸っぱさを予測できます。
その結果、実際に口の中へレモンが入っていなくても
身体が反応する場合があるのです。

同じようなことは、日常生活でも起こっています。
例えば、大勢の人の前で話す場面を想像しただけで
心臓がドキドキしたことはないでしょうか。
まだ誰の前にも立っていないのに
手に汗をかいたり、お腹が痛くなったりすることがあります。
反対に、安心できる場所や大切な人との思い出を想像すると
緊張が和らぐこともあります。
ここで重要なのは、身体が反応するきっかけは
必ずしも目の前で実際に起こっている出来事だけではないということです。
頭の中で思い描いた出来事も、現実の身体反応に影響することがあります。
ただし、脳が現実と想像をまったく区別できないわけではありません。
私たちは通常、実際にレモンを食べているのか
頭の中で想像しているだけなのかを区別できます。
それでも、現実の体験と想像した体験では
一部の神経活動が重なることがあります。
この重なりが、想像によって
身体反応が生じる仕組みを理解するうえで重要になります。
実は、想像するだけで筋力が向上した研究まである
ここまでの話を聞くと
「想像によって唾液が出たり、心臓がドキドキしたりするのはわかる」と
感じるかもしれません。
しかし、想像が身体に与える影響は、それだけではありません。
実際に筋肉を動かさず、頭の中で運動をイメージするだけで
筋力が向上したという研究も存在します。
1992年、研究者のYueとColeは
運動を頭の中で繰り返すことが筋力にどのような影響を与えるのかを調べました。
実験では、指の筋肉を実際に動かしてトレーニングするグループと
筋肉を動かさずに力を入れる様子を頭の中でイメージするグループなどを比較しました。
4週間にわたって週5回のトレーニングを行った結果
実際にトレーニングしたグループだけでなく
運動をイメージしたグループでも筋力の向上が確認されました。
報告された筋力の増加は
実際のトレーニング群で平均約30%
イメージトレーニング群で平均約22%でした。
何もトレーニングしなかったグループでは、平均約3.7%の変化でした。
これは、単に「運動した気分になった」という話ではありません。
実際に測定した筋力に変化が現れたのです。
では、どうして筋肉を動かしていないのに、力が強くなったのでしょうか。
私たちが身体を動かすとき、筋肉だけが働いているわけではありません。
脳から神経を通じて筋肉へ指令が送られ、その指令に応じて筋肉が収縮します。
つまり、筋力を発揮するためには
筋肉そのものの働きに加えて
脳や神経系が筋肉をどのように動かすかも重要になります。
運動をイメージするときにも
実際の運動に関係する脳のネットワークの一部が活動します。
研究者たちは、こうした神経系の働きの変化が
筋力向上に関係した可能性を指摘しています。
さらに、2014年には、Brian Clarkらの研究グループが
手首と手を固定して動かしにくくした状態で
運動をイメージすることが筋力の低下に
どのような影響を与えるのかを調べました。
通常、身体の一部を長期間動かさずにいると、筋力は低下していきます。
しかし、この研究では、4週間の固定期間中に
運動イメージを行わなかったグループで筋力が平均約45.1%低下したのに対し
週5回の運動イメージを行ったグループでは、平均約23.8%の低下に抑えられました。
つまり、この実験では、運動を頭の中で繰り返すことによって
筋力の低下が約半分に抑えられたのです。
もちろん、これらは特定の筋肉や実験条件で得られた結果です。
誰でも想像するだけで筋力が22%向上するという意味ではありませんし
あらゆる運動能力が同じように変化するわけでもありません。
また、身体を動かせない状況で運動イメージを活用する場合も
必要な医療やリハビリテーションに代わるものではありません。
それでも、これらの研究は、想像が単なる気休めではなく
身体を動かす神経系の働きに関係していることを示しています。
私たちが「頭の中だけのこと」と考えている想像が
実際の身体能力にまで影響する場合があるのです。

この運動イメージと筋力の関係については
Spread Oneの別の記事でも詳しく紹介しています。
関連記事:イメージで筋トレ? ― 催眠が教えてくれる心と身体の不思議な関係
なぜ、頭の中の出来事が現実の身体に影響するのか?
ここまで、レモンを想像すると唾液が出ることや
運動をイメージすることで筋力が変化した研究を紹介してきました。
一見すると、まったく違う現象のように思えるかもしれません。
しかし、共通していることがあります。
それは、脳が受け取った情報や、頭の中でつくり出したイメージが
身体の働きに関係しているということです。
私たちは普段、「頭の中で考えること」と「身体に起こること」を別々に捉えがちです。
例えば、「レモンを想像すること」は心の働きであり
「唾液が出ること」は身体の働きだと考えます。
しかし、実際には、心の働きと身体の働きは切り離されているわけではありません。
レモンの味を思い出すときにも、過去の経験や感覚に関係する神経活動が生じます。
緊張する場面を想像するときにも、その状況を予測する脳の働きが
自律神経系などを通じて身体反応に関係することがあります。
運動をイメージするときにも
実際の運動と一部共通する神経ネットワークが活動します。
つまり、私たちの身体は
外から入ってきた刺激にだけ反応しているわけではありません。
脳が過去の経験を思い出したり、これから起こることを予測したり
頭の中で状況を思い描いたりすることも、身体の反応に関係しているのです。
例えば、映画を見ているときのことを考えてみてください。
映画の中で主人公が高い崖の上に立っていると
自分がそこにいるわけではないのに、手に汗を握ることがあります。
怖い場面では心臓がドキドキし、悲しい場面では涙が出ることもあります。
私たちは映画館の椅子に座っているだけです。
それでも、目の前の映像や物語を通して、身体に反応が生まれます。
このことからも、私たちが体験する現実は
外の世界から受け取った情報だけで成り立っているわけではないとわかります。
そこには、脳が情報をどのように受け取り
解釈し、意味づけるかという働きが深く関係しているのです。
私たちは、目の前の世界をそのまま見ているわけではない
私たちは普段、自分の目で見ている世界を、そのまま現実だと感じています。
目の前に机があれば、机が見えます。
誰かが話しかけてくれば、その声が聞こえます。
暑ければ暑いと感じ、寒ければ寒いと感じます。
しかし、私たちが体験しているのは
外の世界から入ってきた情報を脳が処理することで成立する知覚です。
例えば、目に入ってきた光は、網膜で神経信号に変換されます。
その信号が脳へ送られ、さまざまな処理を経ることで
私たちは色や形、動きなどを知覚します。
つまり、目の前にあるものを見るという
ごく当たり前の体験にも、脳の働きが必要なのです。
さらに、脳は受け取った情報だけでなく、過去の経験や予測も利用しています。
例えば、暗い部屋で洋服が掛かっているのを見て
一瞬、人が立っているように感じたことはないでしょうか。
実際には洋服なのに、脳が限られた情報から
「人かもしれない」と判断したために、そのように見えることがあります。
近づいてよく見ると、洋服だったとわかります。
これは、脳が外から入ってくる情報を受け取るだけでなく
その意味を推測しながら世界を理解していることを示す身近な例です。

こうした考え方に関係する研究領域の一つに
「予測処理(Predictive Processing)」があります。
予測処理とは、脳が過去の経験などをもとに予測をつくり
感覚情報と照らし合わせながら知覚や行動を調整していると考える理論的枠組みです。
例えば、いつも同じ時間に帰宅する家族がいるとします。
玄関から物音が聞こえたとき、姿を確認する前から
「帰ってきたのかな」と思うことがあるでしょう。
これは、過去の経験から、今起こっていることを予測している例です。
脳の知覚も、これと似た考え方で説明されることがあります。
ただし、脳の働きのすべてが
予測処理だけで説明できると確定しているわけではありません。
ここで重要なのは、私たちの体験には、目の前の刺激だけでなく
記憶や期待、予測も関係しているということです。
想像は、現実とは完全に切り離された、何の影響もない出来事ではありません。
私たちが現実を体験するときに使っている脳の仕組みの一部は
想像するときにも働いているのです。
現実の世界には制約がある。でも、頭の中では?
例えば、今からフランスのパリへ行こうと思ったら、どうすればよいでしょうか。
飛行機を予約し、必要な準備をして、実際に移動しなければなりません。
時間もお金も必要です。
ところが、頭の中でパリを想像するだけならどうでしょうか。

エッフェル塔を思い浮かべ、その周辺を歩いている自分を想像することは
今この場所にいながらでもできます。
さらに、パリからニューヨークへ移動することも
月の上を歩くことも、現実には存在しない街をつくり出すこともできます。
実際の世界では、私たちは距離や時間
重力などの物理的な条件に従って行動しています。
一方、頭の中で思い描く世界では
そうした条件に必ずしも従う必要はありません。
この違いを説明するとき
「物理空間」と「情報空間」という言葉を使うことがあります。
ここでいう物理空間とは
私たちの身体や物が存在し、物理法則に従って出来事が起こる世界のことです。
一方、情報空間とは、この記事では
言葉や記憶、知識、想像、意味などの情報を扱う領域を説明するための表現です。
例えば、実際にパリへ行くことは、物理空間での移動です。
一方、パリの風景を頭の中で思い浮かべることは
記憶や想像といった情報の働きとして考えられます。
ただし、情報空間という言葉は、研究分野によって意味が異なります。
また、頭の中に物理空間とは別の世界が実在すると
科学的に証明されているわけではありません。
ここで重要なのは、言葉そのものではありません。
現実に身体を移動させることと、頭の中で移動する場面を想像することでは
必要な条件が違うという点です。
そして、さらに興味深いことがあります。
頭の中で想像していることは、物理的な移動を必要としないにもかかわらず
その想像によって現実の身体が反応することがあるのです。
レモンを想像すると唾液が出る。
緊張する場面を想像すると心臓がドキドキする。
運動を繰り返しイメージすることで、筋力に変化が現れることがある。
これらは、想像と身体が無関係ではないことを示しています。
ただし、想像がそのまま物理的な出来事になるわけではありません。
想像によって生じた脳や神経系の活動が
身体の働きに影響する場合があるということです。
そして、この関係を考えるうえで、催眠という現象も興味深い題材になります。
催眠とは何か? 不思議なショーだけではない、もう一つの側面
催眠術と聞くと
テレビで見かけるような不思議な現象を思い浮かべる方も多いでしょう。
手が動かなくなる。
身体が重くなったり、反対に軽く感じられたりする。
自分の名前が一時的に思い出せなくなる。
こうした現象は、催眠をわかりやすく体験できる例の一つです。
しかし、催眠は、こうした不思議な現象を起こすことだけが目的ではありません。
催眠は
注意の向け方や暗示への反応、想像、知覚、身体感覚などと関係する現象です。

アメリカ心理学会(APA)の第30部会が示した定義では
催眠は、注意が集中し、周囲への意識が相対的に弱まり
暗示に反応しやすくなる特徴を持つ意識状態として説明されています。
ここでいう「暗示」とは、言葉などを通じて
ある感覚や考え、行動の変化を促す働きかけのことです。
例えば、「手がだんだん重くなっていく」という言葉を聞いたとき
実際に重りを持っていなくても、手が重く感じられる人がいます。
ただし、催眠の仕組みについては、研究者の間でもさまざまな考え方があり
すべてが解明されているわけではありません。
そして、催眠には、エンターテインメントとしての活用だけでなく
医療や心理支援の分野で研究されてきた側面もあります。
その一つが、催眠療法(ヒプノセラピー)です。
催眠療法(ヒプノセラピー)では何が行われているのか?
例えば、誰かから「リラックスしてください」と言われたとします。
ところが、そう言われるほど、かえって身体に力が入ってしまうことはないでしょうか。
「力を抜かなければ」と意識することで、余計に緊張してしまうのです。
一方、静かな海辺にいる自分を想像してみてください。
穏やかな波の音が聞こえ、心地よい風が吹いています。
砂浜に座り、ゆっくりと呼吸をしている自分を思い浮かべます。
すると、人によっては、無理に力を抜こうとしなくても
自然と呼吸が落ち着いたり、身体の緊張が和らいだりすることがあります。
これは催眠そのものを意味するわけではありませんが
想像や注意の向け方が身体感覚に関係することを理解するための身近な例です。
催眠療法では、こうした注意やイメージ、暗示などの働きを
本人の目的に合わせて活用することがあります。
例えば、痛みへの対処、不安の軽減、ストレスへの対応などです。
実際に、催眠を利用した心理的介入については
痛みや一部の心理的・身体的症状に対する研究が行われています。
ただし、効果の大きさや科学的根拠の強さは対象によって異なり
あらゆる症状に効果があると証明されているわけではありません。
また、医療的な問題がある場合
催眠療法は必要な診察や治療の代わりになるものではありません。
ここで重要なのは、催眠が単なるリラクゼーションとも異なるということです。
催眠中には、リラックスする人もいれば
集中力が高まり、特定の感覚やイメージに強く注意が向く人もいます。
つまり、催眠は必ずしも
「眠っているような状態」や「何も考えていない状態」ではないのです。
そして、催眠療法では、単に不思議な反応を起こすことよりも
本人が抱える問題や目的に合わせて、適切な方法を選ぶことが重要になります。
エンターテインメント催眠と催眠療法の共通点
では、ショーで行われる催眠術と、催眠療法は、まったく別のものなのでしょうか。
目的や進め方は異なりますが
注意、期待、暗示、想像、身体感覚といった共通する要素があります。
例えば、ショーでは「手が重くなる」という暗示によって
実際に手が重く感じられることがあります。
一方、催眠療法では、本人の目的に応じて、身体の緊張が和らぐ感覚や
痛みの感じ方の変化などを目指す場合があります。
どちらも、言葉やイメージをきっかけとして
本人の中に感覚や反応の変化が生まれる可能性があるという点では共通しています。
ただし、同じ暗示を使えば、誰にでも同じ反応が起こるわけではありません。
また、催眠療法では、単に反応を引き出すことよりも
その人が抱える問題や目的に合わせて
安全性や適切性を考えながら進めることが重要になります。
エンターテインメント催眠は
人間の感覚や身体反応の不思議さを、目に見える形で体験してもらうもの。
催眠療法は
催眠の特徴を、本人の心身の問題への対処や変化を支えるために活用するもの。
このように考えると、両者の違いがわかりやすくなります。
そして、どちらの場合も
催眠術師や施術者が相手の身体を自由に操っているわけではありません。
実際に感覚や身体反応の変化を体験しているのは、本人自身です。
「わかっているのに、そう感じてしまう」という不思議
例えば、怖い映画を見ているときのことを考えてみてください。
私たちは、画面の中の出来事が本当に起こっているわけではないと理解しています。
それでも、突然何かが飛び出してくる場面では
思わず身体が跳ねたり、声が出たりすることがあります。
頭では「これは映画だ」とわかっている。
それなのに、身体は反応してしまう。
こうした経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。
催眠中の体験にも、これと似た部分があります。
例えば、「手が磁石のように引き寄せられる」と暗示された人が
実際には磁石など存在しないと理解していても
手が引き寄せられるように感じる場合があります。
もちろん、映画を見て驚くことと、催眠暗示に反応することは
同じ現象ではありません。
しかし、どちらも「頭で理解していること」と「実際に感じること」が
必ずしも完全には一致しないという点で共通しています。
さらに、催眠では、身体の動きに対する本人の感じ方が変わることもあります。
例えば、普段なら自分で腕を上げたとき、「自分の意思で腕を上げた」と感じます。
ところが、催眠中には、腕が動いたにもかかわらず
「自分で動かしたというより、自然に動いた」と感じる人がいます。
このような、自分が行動を起こしているという感覚を「主体感」と呼びます。
催眠を理解するうえでは、実際に身体が動いたかどうかだけでなく
その動きを本人がどのように体験しているのかも重要なのです。
私たちは、自分の感覚や身体の動きを
すべて意識的に決めているわけではありません。
例えば、熱いものに触れたとき、とっさに手を引っ込めることがあります。
急に大きな音がすると、思わず身体がびくっとすることもあります。
こうした反応の中には、意識的に考えるより先に起こるものがあります。
ただし、これらの反射と催眠暗示による反応は
仕組みが同じというわけではありません。
それでも、私たちの身体には
意識的に細かく指示しなくても働く仕組みがあることは確かです。
催眠は、そうした人間の注意や感覚、
行動の仕組みを考えるうえでも興味深い現象なのです。
想像力は、現実から離れるためだけのものではない
想像力というと
空想や夢物語のようなものを思い浮かべる方もいるかもしれません。
しかし、ここまで紹介してきたように
想像力は私たちの日常生活とも深く関係しています。
スポーツ選手が本番前に動きをイメージする。
大切な発表の前に、話す内容を頭の中で練習する。
料理をするときに、完成した味や盛り付けを思い浮かべる。
旅行の計画を立てながら、訪れる場所の景色を想像する。
これらはすべて、まだ目の前では起こっていないことを、頭の中で思い描く行為です。
想像することで、私たちは未来の行動を準備したり、過去の経験を活用したりできます。
さらに、想像の内容によっては、気持ちや身体の反応にも変化が生まれます。
ただし、想像すれば何でも実現するという意味ではありません。
例えば、走る姿を想像することと、実際に走ることは違います。
運動イメージによって筋力が向上した研究があるからといって
あらゆる運動や身体能力が想像だけで十分に鍛えられるわけでもありません。
現実の行動には、実際の経験や練習が必要です。
それでも、想像することが現実の身体や行動に影響する可能性があるという事実は
私たちが自分の能力を考えるうえで重要な意味を持っています。
頭の中で起こることと、身体で起こることは、完全に別々のものではないのです。
人間の想像力は、結局何ビットなのか?
最初の問いに戻りましょう。
「人間の想像力は何ビットなのでしょうか?」
残念ながら、その答えを一つの数字で示すことはできません。
人間の脳は、コンピューターのように
想像力全体を単純なビット数で表せる仕組みではないからです。
また、想像力が無限であると科学的に証明されているわけでもありません。
しかし、今回紹介してきたことから
想像力には、数字だけでは説明しきれない興味深い特徴があるとわかります。
目の前に存在しないリンゴを思い浮かべることができる。
実際には行ったことのない場所を想像できる。
レモンを食べていないのに、酸っぱさを思い出して唾液が出ることがある。
身体を動かさずに運動をイメージすることで、筋力に変化が現れることがある。
そして、催眠では、言葉や暗示をきっかけとして
普段とは違う感覚や身体反応を体験することがある。
こうして並べてみると、私たちの想像力は
単に頭の中で映像をつくる能力ではないことが見えてきます。
それは、過去の経験を思い出し、まだ起こっていない未来を考え
身体の反応や行動にも関係する、人間の重要な能力の一つなのです。
Spread Oneで体験する、想像と身体の不思議な関係
ここまで読んで
「理屈はわかったけれど、本当にそんなことが起こるのだろうか」と
思った方もいるかもしれません。
それは自然な疑問です。
特に催眠術は、映像や文章で見聞きするだけでは
実際にどのような感覚が生まれるのか、なかなか想像しにくいものです。
例えば、誰かが「手が動かなくなった」と話していても
それを見ている人には、本人がどのように感じているのかまではわかりません。
「本当に動かせないように感じるの?」
「自分で動かさないようにしているのとは違うの?」
「意識ははっきりしているの?」
こうした疑問は、催眠を体験することで、より具体的に考えられるようになります。

愛媛県松山市のCafe & Bar Spread Oneでは
催眠術やマジックを通して、人間の知覚や感覚
身体反応の不思議さに触れられる体験を提供しています。
また、ご希望に応じて、催眠療法(ヒプノセラピー)にも対応しています。
催眠術は、必ずしも全員に同じ反応が起こるものではありません。
しかし、だからこそ
自分自身にどのような反応が生まれるのかを知ることにも意味があります。
頭ではわかっているのに、身体が違う反応をする。
いつもと同じ自分なのに、普段とは違う感覚が生まれる。
そんな体験を通して、これまで当たり前だと思っていた
「意識」「想像」「身体」の関係を、少し違った角度から見られるかもしれません。
人間の想像力が何ビットなのかは、まだわかりません。
しかし、その想像力が私たちの身体や感覚と深く結びついていることは
さまざまな研究から明らかになっています。
そして、その不思議さは、知識として理解するだけでなく
実際に体験してみることで、さらに身近なものになるのではないでしょうか。
想像することと、実際に感じること。その境界では、何が起こるのか。
Spread Oneでは、そんな人間の不思議な可能性に触れる時間をお楽しみいただけます。
店舗のご案内・体験プランについては、Spread One公式サイトをご覧ください。
参考文献・関連研究
Yue, G. & Cole, K. J.(1992)
Strength increases from the motor program: comparison of training with maximal voluntary and imagined muscle contractions.
Journal of Neurophysiology, 67(5), 1114–1123.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/1597701/
Clark, B. C., Mahato, N. K., Nakazawa, M., Law, T. D. & Thomas, J. S.(2014)
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https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25365125/
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